「幸運」や「不運」が単なる偶然ではなく、何らかの制度や仕組みによって決められている世界を描いた物語は、SFや幻想文学の中にいくつか存在します。とりわけ「人間の運勢そのものが管理される」「幸運だけでなく不運まで割り当てられる」という記憶から作品を探している場合、非常に有力な候補となるのが、アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスによる短編『バビロニアのくじ』です。
この作品では、くじが単なる賞金獲得のゲームから次第に社会全体を支配する制度へ発展し、人々の幸運や不運、社会的な出来事にまで影響するようになります。「科学によって運勢を測定する」という設定とは少し異なりますが、「運を偶然のままにせず、システムによって人間へ割り当てる世界」という記憶にはかなり近い作品です。
ここでは『バビロニアのくじ』の作者や収録書籍、どの部分が「運勢を管理する世界」という記憶と一致するのかを整理しながら、似たテーマを持つ作品との違いも解説します。
最有力候補はホルヘ・ルイス・ボルヘス『バビロニアのくじ』
『バビロニアのくじ』は、アルゼンチンを代表する作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)による短編です。日本では鼓直訳の岩波文庫『伝奇集』に収録されています。
千葉市図書館の書誌情報でも、J.L.ボルヘス作・鼓直訳の『伝奇集』に「バビロニアのくじ」が収録されていることが確認できます。同書にはこのほか「円環の廃墟」「バベルの図書館」「八岐の園」「記憶の人、フネス」など、ボルヘスを代表する短編が収録されています。[参照]
タイトルだけを見ると普通の宝くじを題材にした話のように感じられます。しかし、実際には「偶然を制度化すると社会はどうなるのか」という非常に奇妙な世界を描いた作品であり、一般的な宝くじ小説とはかなり性格が異なります。
『バビロニアのくじ』では幸運と不運が社会制度になっていく
物語の重要なポイントは、最初から社会全体の運命が管理されているわけではないことです。当初のくじは、当選すれば賞金を受け取れる比較的単純な仕組みとして始まります。
ところが制度は次第に変化します。幸運な結果だけではなく、罰金などの不運な結果もくじに組み込まれるようになり、やがてくじが人間の生活そのものへ深く入り込んでいきます。
『伝奇集』についての書評でも、「バビロニアのくじ」では、くじによって大きな富を得る可能性と罰金などのリスクが設けられ、さらに制度が発展すると、思いがけない出世や人との出会いといった幸運から、不名誉などの不運まで複雑なくじの組み合わせによって決定される世界になることが紹介されています。[参照]
つまり、この作品で描かれる「くじ」は娯楽というより、人間に起こる幸運・不運を配分する巨大な運命管理システムに近づいていきます。この点が「運勢が何らかの仕組みで管理されている世界」という記憶と強く一致します。
「科学で運勢を管理する」という記憶とは少し違う
一方で、作品探しでは「一致する点」だけでなく「一致しない点」を確認することも重要です。『バビロニアのくじ』では、コンピューターが人間の幸運度を計算したり、科学者が運勢を測定したりすることが中心テーマではありません。
作品の中心にあるのは確率・偶然・制度です。社会を支配するくじの仕組みがどんどん複雑になり、人々に起こる出来事と「くじによって決められた運命」との境界まで曖昧になっていきます。
そのため、記憶が「未来社会でコンピューターが各人の幸運値を数値化していた」のように明確なら、別作品である可能性も残ります。逆に「科学だったか組織だったかは覚えていないが、人間の幸運・不運が何者かによって割り当てられていた」という記憶なら、『バビロニアのくじ』はかなり確認する価値の高い候補です。
作者ホルヘ・ルイス・ボルヘスと『伝奇集』
作者のホルヘ・ルイス・ボルヘスは1899年生まれ、1986年没のアルゼンチンの作家です。現実と虚構、無限、迷宮、時間、記憶などを扱った独創的な作品で知られ、20世紀文学を代表する作家の一人です。
日本で『バビロニアのくじ』を読む場合に分かりやすいのが岩波文庫の『伝奇集』です。書誌情報では1993年11月刊、ボルヘス著、鼓直訳であることが確認できます。[参照]
静岡県立中央図書館の書誌では「バビロニアのくじ」は『伝奇集』の81~92ページに収録されているとされています。つまり長編小説ではなく比較的短い作品なので、「昔どこかの短編集で読んだ」「学校や図書館で読んだがタイトルを忘れた」というケースでも候補になり得ます。[参照]
もう一つの候補『Solar Lottery』も「運と社会制度」を扱うSF
「もっとSFらしい未来社会だった」という記憶がある場合には、フィリップ・K・ディックの長編『Solar Lottery』も比較対象になります。こちらは未来の社会制度に抽選・偶然性を組み込んだSFです。
ただし、『Solar Lottery』は個々人の毎日の幸運や不運そのものを配分する物語というより、社会の権力構造などに偶然性が深く関係する作品です。そのため「人々の運命そのものがくじによって決定される」という特徴では、『バビロニアのくじ』のほうが記憶に近い可能性があります。
作品を特定するときには、「長編だったか短編だったか」「舞台が未来だったか古代風だったか」「コンピューターが登場したか」「運を数値で表示していたか」「幸運と同時に不運も誰かへ割り当てられていたか」といった断片的な記憶が重要な手掛かりになります。
「科学で幸運を作る」作品なら『Conservation of Luck』という候補もある
英語圏の作品まで範囲を広げると、Lesley L. SmithのSF小説『Conservation of Luck』には、さらに文字どおり「科学技術と幸運」を結びつけた設定があります。
作者公式サイトの紹介によると、主人公Ella Hoteは量子コンピューターを作った若いコンピューター科学者です。ところがそのコンピューターには、極端に低い確率の出来事まで成功させる幸運を生み出す能力があることが分かります。さらに、一方で幸運が発生すると、別の誰かが不運の代償を負うという設定になっています。[参照]
こちらは社会全体の運勢を行政的に管理する話とは異なりますが、「幸運が科学的に扱える」「機械によって運を発生させる」「幸運と不運が保存される」といった記憶が強い場合には興味深い候補です。
記憶の特徴から候補を絞り込む方法
タイトルを忘れた作品を探す場合、ストーリー全体よりも「その作品だけにありそうな設定」を整理すると検索しやすくなります。今回のような作品なら、次のように比較できます。
| 覚えている特徴 | 有力な候補 |
|---|---|
| 幸運と不運が社会的な仕組みで割り当てられる | 『バビロニアのくじ』 |
| くじが社会全体を支配している | 『バビロニアのくじ』 |
| 短編だった | 『バビロニアのくじ』が有力 |
| 未来社会の権力制度と抽選が関係していた | 『Solar Lottery』も候補 |
| 量子コンピューターなど科学技術が幸運を発生させる | 『Conservation of Luck』も候補 |
| 誰かの幸運の代わりに別人が不運になる | 『Conservation of Luck』との類似度が高い |
特に重要なのは、「管理」という記憶の意味です。国家や組織が運を配分していたのなら『バビロニアのくじ』に近く、コンピューターや物理法則によって運を生成・計算していたなら、科学技術を中心とする別のSFを探したほうがよいでしょう。
まとめ|「運勢が管理される世界」ならまず『バビロニアのくじ』を確認
「幸運や不運といった運勢が、何らかの仕組みによって管理されている世界」という記憶から作品を探す場合、まず確認したいのがホルヘ・ルイス・ボルヘス『バビロニアのくじ』です。日本では岩波文庫『伝奇集』(鼓直訳)などで読むことができます。
この作品では、単純なくじが次第に巨大な制度へ変化し、幸運だけでなく不運まで人々へ割り当てるようになります。最終的には偶然に起きた出来事と制度によって決められた出来事の区別さえ曖昧になるという、ボルヘスらしい世界が描かれています。
ただし、「科学者やコンピューターが運勢を数値として管理していた」という記憶が明確なら完全一致とはいえません。その場合は『Solar Lottery』や『Conservation of Luck』など、確率や科学技術によって運を扱うSFも候補になります。「くじ」「幸運と不運の両方」「社会全体への運命の割り当て」という要素に覚えがあるなら、『バビロニアのくじ』の可能性を最初に確認するのがよいでしょう。


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