『飛行士たちの話』全10篇のあらすじと読みどころ|ロアルド・ダールの戦争・飛行短篇集を解説

小説

ロアルド・ダールの『飛行士たちの話〔新訳版〕』は、第二次世界大戦期の飛行士や戦争を題材とする10篇を収録した短篇集です。早川書房からハヤカワ・ミステリ文庫として刊行されており、原題は『Over to You: Ten Stories of Flyers and Flying』。2016年刊行の新訳版は田口俊樹訳で、ダール自身の従軍経験を背景とする作品から幻想色の濃い物語まで収録されています。[参照:早川書房『飛行士たちの話〔新訳版〕』]

なお本書はいわゆる長篇小説の「第1章、第2章」という構成ではなく、それぞれ独立した10の短篇で構成されています。そのため本記事では、各章ではなく各収録作について、作品を未読の人にも流れが分かる程度のあらすじと読みどころを整理します。結末そのものを細部まで再現するのではなく、作品を理解するためのポイントを中心に紹介します。

『飛行士たちの話』とはどんな本なのか

『飛行士たちの話』は、のちに『チャーリーとチョコレート工場』などで世界的に知られることになるロアルド・ダールの初期短篇集です。早川書房の新訳版には「ある老人の死」「あるアフリカの物語」「ちょろい任務」「マダム・ロゼット」「カティーナ」「昨日は美しかった」「彼らに歳は取らせまい」「猛犬に注意」「このこと以外に」「あなたに似た人」の10篇が収録されています。

ダール自身は第二次世界大戦中にイギリス空軍のパイロットとして従軍した経験を持っています。そのため本書には航空機や飛行士の描写だけでなく、戦場で人間が感じる恐怖、喪失感、孤独、緊張などが強く反映されています。

ただし、単純な航空戦記を10本並べた本ではありません。現実的な戦争体験を思わせる作品と、怪奇・幻想・心理サスペンス的な作品が同じ一冊に収録されているところが大きな特徴です。

収録されている10篇の一覧

2016年の新訳版における収録順は次の通りです。旧訳版とは題名の訳し方が異なる作品があるため、中古本や電子書籍を探す際には注意してください。

順番 新訳版の作品名 原題
1 ある老人の死 Death of an Old Old Man
2 あるアフリカの物語 An African Story
3 ちょろい任務 A Piece of Cake
4 マダム・ロゼット Madame Rosette
5 カティーナ Katina
6 昨日は美しかった Yesterday Was Beautiful
7 彼らに歳は取らせまい They Shall Not Grow Old
8 猛犬に注意 Beware of the Dog
9 このこと以外に Only This
10 あなたに似た人 Someone Like You

早川書房公式サイトでも、この10篇を収録した処女短篇集であることが確認できます。[参照:早川書房公式サイト]

前半5篇のあらすじと読みどころ

1.ある老人の死

戦闘機パイロットが危険な任務へ向かう状況を軸として、飛行士が抱える恐怖と死への意識を描いた短篇です。勇敢な英雄として戦闘機乗りを描くというより、死の可能性を知りながら飛ばなければならない一人の人間に焦点が置かれています。

題名にある「老人」が何を意味しているのかを意識すると、この作品独特の不気味さが見えてきます。戦争によって人間の時間感覚や自己認識まで変化していくような、ダール初期作品らしい心理的な怖さを持つ一篇です。

2.あるアフリカの物語

アフリカで飛行訓練をしていた時期を背景に、語り手がある老人から奇妙な出来事を聞く形で展開する物語です。航空戦そのものよりも、アフリカの土地を舞台にした不可思議な人間ドラマとしての性格が強くなっています。

老人の身の回りで起きる出来事が次第に不穏さを増していき、やがて執念や復讐を思わせる方向へ進んでいきます。戦争小説だと思って読み始めると意外に感じるほど、怪奇小説に近い味わいがあります。

旧訳版の紹介でも、パイロットを志願した若者が訓練中にアフリカの高原へ不時着し、そこで暮らす老人から不思議な身上話を聞く物語として紹介されています。

3.ちょろい任務

飛行任務中に事故に遭ったパイロットの体験を描く作品です。現実の出来事と意識の中で起こっていることの境界が曖昧になっていく構成が特徴で、単純な空中戦の物語ではありません。

この作品にはダール自身の従軍経験が色濃く反映されています。ダールの作家としての出発点を知るうえでも重要で、戦場体験がどのようにフィクションへ変換されていったのかを見ることができます。

旧訳・関連紹介では「簡単な任務」と表記されることもあります。ダールが空中戦の体験について依頼を受け、それを文章にしたことが作家活動のきっかけになったと紹介されています。

4.マダム・ロゼット

中東に駐留する若い飛行士たちが休暇を過ごすエピソードを中心とした作品です。それまでの死と恐怖を正面から扱った作品とは少し雰囲気が変わり、兵士たちの日常や若者らしい行動が描かれます。

しかし単純な息抜きのコメディーではありません。戦場という異常な環境にいる若者たちが、束の間の自由をどう過ごすのかという点から、軍人ではない彼らの素顔が見えてきます。

戦争文学というと戦闘場面ばかりを想像しがちですが、この作品を挟むことで「飛行士も普通の若者だった」という当たり前の事実が強調されています。

5.カティーナ

戦争によって大きな被害を受けたギリシャを舞台に、一人の少女カティーナと兵士たちの交流を描いた物語です。空中戦の技術や航空機そのものより、戦争に巻き込まれた民間人の姿が中心になります。

少女と兵士たちとの関係を通じて、戦場の中にも一時的な温かさが生まれます。しかし、その背景には常に戦争があります。読者は穏やかな場面を読むほど、その日常がいつ失われてもおかしくないことを意識させられます。

本書の中でも特に「戦争によって失われるもの」を分かりやすく感じられる作品です。華々しい航空戦ではなく、戦争が普通の人々にもたらす残酷さを見る一篇といえます。

後半5篇のあらすじと読みどころ

6.昨日は美しかった

戦争で傷ついたギリシャの島を舞台にした短篇です。戦争によって変貌した土地と、そこに暮らす人々の姿が静かに描かれます。

題名の「昨日」は単純に一日前という意味だけでなく、戦争によって失われてしまった平穏な過去を連想させます。大規模な戦闘場面に頼らず、戦争の破壊力を日常生活の変化から見せる作品です。

「カティーナ」と続けて読むと、戦争の被害を兵士側だけではなく、その土地に生きる人々の側から見るという本書のもう一つのテーマが理解しやすくなります。

7.彼らに歳は取らせまい

本書を代表する幻想的な作品です。偵察飛行へ出たパイロットが行方不明となり、二日後になって突然帰還します。しかし本人には、その空白の時間について明確な記憶がありません。

その後、戦闘中に仲間の飛行機が撃墜されるのを目撃したことをきっかけとして、彼の中で失われていた記憶がよみがえります。そこで語られるのは、通常の戦争体験だけでは説明しにくい、この世ならざる光景です。

早川書房も「後世の作品に多大な影響を与えた幻想譚」として本作を紹介しています。戦争、死、記憶、異界という要素が結びついた、本書の性格を象徴する一篇です。[参照:早川書房公式サイト]

8.猛犬に注意

負傷したイギリス空軍のパイロットが病院で意識を取り戻すところから、不穏な物語が展開していきます。周囲から与えられる情報だけを見ると安全な場所へ戻ったように思えますが、主人公は身の回りに小さな違和感を感じ始めます。

この作品の面白さは、大規模な戦闘ではなく「ここは本当に自分が聞かされている場所なのか」という疑念にあります。何気ない音や会話、周囲の状況を主人公が観察し、少しずつ真相へ近づいていきます。

ミステリーやサスペンスが好きな読者には特に入りやすい一篇です。情報をそのまま信じず、主人公と一緒に違和感を拾っていくと楽しめます。

9.このこと以外に

戦場で飛んでいる若者だけではなく、彼らの帰りを待つ家族の側へ視点を移した作品です。息子を戦争へ送り出した母親の不安や、遠く離れた戦場との心理的なつながりが描かれます。

戦争では、前線にいる兵士だけが恐怖を感じるわけではありません。家で待っている家族もまた「今、何が起きているのか分からない」という別の恐怖にさらされます。本作はその感覚を静かな物語として表現しています。

航空機を題材にした短篇集の中にこの作品が入ることで、飛行士の死が一人だけの出来事ではなく、故郷にいる人々の人生にもつながっていることが分かります。

10.あなたに似た人

飛行士たちの会話を軸に、戦場で繰り返される死と、それを受け止める人間の心理を描く作品です。タイトルにもなっている「あなたに似た人」という言葉が、個人と死者、そして残された人々の記憶をつなぐ重要な意味を持ちます。

本書の最後に置かれていることで、それまで描かれてきた多くの飛行士たちの姿を振り返らせるような役割も果たしています。戦場では人が次々と失われますが、一人一人には当然それぞれの人生があります。

派手な航空アクションを期待するより、戦争を経験した飛行士たちの心理を読む作品として向き合うと、本書の締めくくりとしての意味が見えやすくなります。

『飛行士たちの話』は航空戦記だけではない

10篇を並べてみると、本書には大きく分けて「飛行士の実戦と心理」「戦争に巻き込まれる民間人」「怪奇・幻想」という三つの方向性があります。

例えば「ちょろい任務」はダール自身の従軍経験との関係が深い一方、「彼らに歳は取らせまい」は現実だけでは説明できない幻想的な世界へ踏み込みます。「カティーナ」や「昨日は美しかった」では、飛行士よりも戦争によって傷ついた土地や人々の印象が強く残ります。

そのため、飛行機に詳しくなくても読むことができます。むしろ後年のダール作品に見られる日常が突然不気味な方向へ反転する感覚や、人間心理を利用した意外性の原点を探す読み方もできます。

旧訳版と新訳版では作品名が異なる場合がある

『飛行士たちの話』には永井淳訳の旧版と、田口俊樹訳による2016年の新訳版があります。現在の早川書房公式サイトで案内されている新訳版は、2016年8月5日刊行、304ページ、ISBNは9784150712631です。

旧版や旧版を基にした電子書籍では、一部のタイトルが新訳版とは違って表示される場合があります。そのためネット上で感想や解説を検索すると、同じ原作なのに題名が一致しないことがあります。

作品を調べる際には日本語タイトルだけでなく、「Over to You」「Roald Dahl」や各作品の原題を併用すると見つけやすくなります。

読む順番は収録順がおすすめ

各短篇は基本的に独立しているため、気になる作品から読むこともできます。特にミステリー的な物語を読みたいなら「猛犬に注意」、幻想的な作品なら「彼らに歳は取らせまい」から試す方法もあります。

一方、初めて読むなら収録順がおすすめです。飛行士自身の恐怖から、戦争に巻き込まれる人々、幻想的な死のイメージへと視点が変化していくため、一冊を通して読むことで作品集全体の雰囲気をつかみやすくなります。

また「飛行機の物語」としてだけ読むのではなく、各作品で死を待つ人、死に直面する人、死者を記憶する人がどのように描かれているかに注目すると、10篇に共通するものが見えてきます。

まとめ:『飛行士たちの話』は10篇それぞれから戦争と人間を見る短篇集

ロアルド・ダール『飛行士たちの話〔新訳版〕』は、一つの長い物語を章ごとに分けた作品ではなく、飛行士や戦争をテーマとする10篇から構成された短篇集です。早川書房ではダールの処女短篇集として刊行されています。

「ちょろい任務」のように自身の従軍経験との結びつきが強い作品、「カティーナ」のように戦争に翻弄される人々を描く作品、「彼らに歳は取らせまい」のような幻想譚、「猛犬に注意」のようなサスペンスまで、同じ航空・戦争という題材から大きく異なる物語が作られています。

したがって本書の魅力は航空機の戦闘描写だけではありません。飛行士が感じる死への恐怖、仲間を失う感覚、戦争によって日常を奪われる人々、そして現実と幻想が入り交じる独特の不気味さまで含めて読むことで、後年ストーリーテラーとして名を残すロアルド・ダールの原点を味わえる一冊です。

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