京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」関口巽と妻・雪絵の夫婦仲は良い?二人の関係性を作品描写から解説

小説

京極夏彦の「百鬼夜行シリーズ」に登場する小説家・関口巽には、雪絵という妻がいます。関口は精神的に不安定になりやすく、事件へ巻き込まれるたびに消耗する人物なので、「こんな夫と暮らしている雪絵との夫婦仲は実際どうなのだろう」と気になる読者も少なくありません。

作品全体から見ると、関口巽と雪絵は、派手に愛情表現をする夫婦ではないものの、基本的には仲の良い夫婦と考えるのが自然です。喧嘩やすれ違いはありますし、雪絵が関口の精神状態に振り回されることもありますが、夫婦関係が冷え切っていたり、互いに嫌っていたりする描写ではありません。

むしろ雪絵は、鬱々としやすい関口を長く支え続ける人物として描かれます。一方の関口も、言葉や態度に出すのは不得手ながら、雪絵を自分の生活に欠かせない存在として認識していることが読み取れます。ここでは『姑獲鳥の夏』『鉄鼠の檻』『百鬼夜行 陰』などの描写を中心に、二人の夫婦関係を整理します。

関口雪絵はどんな人物?

雪絵は、幻想小説家・関口巽の妻です。関口より落ち着いた性格で、精神的に不安定になりやすい夫を日常生活の側から支えています。

人物紹介では、雪絵は夫を温かく見守る包容力のある女性として紹介されることがあります。また、中禅寺秋彦の妻・千鶴子とも仲が良く、一緒に買い物や外出をする関係です。[参照:マンガペディア『魍魎の匣』人物紹介]

関口自身は、百鬼夜行シリーズの中心人物の一人であり、『姑獲鳥の夏』では文士として事件に関わります。講談社の公式紹介でも、京極堂や榎木津らとともに物語へ関わる「文士・関口」として紹介されています。[参照:講談社『文庫版 姑獲鳥の夏』]

結論として夫婦仲は「良い」と考えてよい

関口夫妻について、「理想的で円満な夫婦」とまで単純化するのは少し違います。しかし、シリーズを通して見る限り、夫婦関係は基本的に良好です。

雪絵は関口の性格や精神状態を理解したうえで生活をともにしており、関口が事件で酷く消耗したときにも彼を見放すような態度を取りません。関口も、雪絵がそばにいることを日常の前提として受け入れています。

読者の間でも、『姑獲鳥の夏』における何気ない夫婦の会話や、『鉄鼠の檻』での二人のやり取りを「仲の良い夫婦」と受け取る感想が見られます。これは恋愛的な甘さではなく、長く一緒に暮らしている夫婦らしい気安さから来る印象です。

ただし関口は「一緒に暮らしやすい夫」ではない

夫婦仲が良いことと、雪絵の結婚生活が楽であることは別問題です。関口は非常に神経質で、自己評価が低く、考え込むと簡単に精神状態を悪化させます。

文藝春秋の『百鬼夜行』人物紹介でも、関口は「何かを忘れているという不安感に疲弊する小説家」と紹介されています。これは短編『川赤子』に関する説明ですが、関口という人物の不安定さをよく表しています。[参照:文藝春秋『定本 百鬼夜行 陰・陽』人物紹介]

事件へ関わると現実認識まで揺らぎ、自分の内面へ深く沈み込んでしまうため、家庭生活では雪絵が相当な部分を支えていると考えられます。

雪絵は関口を「たつさん」と呼ぶ

雪絵は関口を「たつさん」と呼びます。この呼び方自体にも、二人の間にある柔らかな距離感が表れています。

百鬼夜行シリーズは事件や思想的な会話が中心なので、夫婦の恋愛描写を長々と描く作品ではありません。そのため二人が互いに愛を語る場面はほとんどありません。

しかし、日常会話や家での振る舞いを見ると、形式だけの夫婦というより、互いの性格を十分理解したうえで一緒にいる関係であることが伝わってきます。

『姑獲鳥の夏』では日常的な夫婦の空気が描かれる

シリーズ第1作『姑獲鳥の夏』では、関口の家庭生活も描かれます。作品の中心は久遠寺医院をめぐる事件ですが、関口の家での雪絵とのやり取りが物語の合間に入ります。

二人の会話は、恋愛小説の夫婦のように甘いものではありません。寝ぼけたような会話や、少しかみ合わないやり取りもあり、むしろ生活感があります。

この「特別なことを言わないのに夫婦として自然に成立している」という描写が、関口夫妻の関係性を理解するうえで重要です。

『百鬼夜行 陰』の「川赤子」では夫婦喧嘩も描かれる

短編集『百鬼夜行 陰』に収録された「川赤子」は、『姑獲鳥の夏』へつながる前日譚です。主人公は関口巽で、事件以前の彼の精神状態が描かれています。

この物語では、犬を飼うかどうかをめぐって関口と雪絵の間にちょっとした蟠りが生じています。つまり二人が一度も喧嘩をしない夫婦ではありません。

しかし、こうした口論が存在すること自体は夫婦仲の悪さを意味しません。むしろ「犬を飼うかどうか」といった日常的な問題で揉める程度には、普通の家庭生活を送っていることが分かります。

喧嘩をしても雪絵が関口を見捨てるわけではない

関口は精神的に落ち込むと、自分の内面に閉じこもってしまいます。そのため雪絵との会話がうまく成立しないこともあります。

それでも雪絵は、そうした関口の性格をある程度理解しています。感情的に夫を責め続けたり、彼の弱さを軽蔑したりする人物としては描かれていません。

雪絵の強さは、関口を過剰に励ますことではなく、面倒な夫であることを理解しながら生活を続けられるところにあります。

二人は恋愛結婚とされている

作中では、木場修太郎の認識として関口夫妻が恋愛結婚であることが語られます。

これは二人の関係を考えるうえで意外に重要です。雪絵が家同士の事情などで仕方なく関口と結婚したわけではなく、少なくとも結婚当初には本人の意思で関口を選んだということになります。

関口が結婚後に急に別人になったわけでもないため、雪絵は彼の面倒な性格をある程度知りながら結婚したと考えられます。

雪絵は「我慢しているだけの妻」ではない

関口が不安定な人物なので、雪絵を「かわいそうな奥さん」とだけ見る読み方もできます。しかし、それだけでは雪絵という人物を受け身に捉えすぎています。

雪絵には自分の判断や生活があり、千鶴子との交友関係も持っています。関口の世話だけをするために存在している人物ではありません。

夫の欠点を理解しながら、それでも一緒に生活することを本人が選んでいるというのが二人の関係に近いでしょう。

『鉄鼠の檻』では夫婦そろって旅行する

『鉄鼠の檻』では、関口夫妻と中禅寺夫妻が箱根方面へ旅行するところから関口側の物語が始まります。

関口は小説で得た金を使う目的もあって旅行へ出掛けますが、そこへ雪絵も同行しています。夫婦として普通に旅行へ出掛ける程度には良好な関係であることが分かります。

事件によって旅行どころではなくなっていくのが百鬼夜行シリーズらしいところですが、事件発生前の関口夫妻には、一般的な夫婦の日常があります。

雪絵と千鶴子が仲良しなのも重要

雪絵は京極堂こと中禅寺秋彦の妻・千鶴子と親しい関係です。『魍魎の匣』の人物紹介でも、雪絵と千鶴子は一緒に出掛けたり買い物をしたりする仲だと説明されています。[参照:マンガペディア]

中禅寺と関口は学生時代からの付き合いなので、妻同士も自然に交流するようになったと考えられます。

夫同士の友人関係だけでなく、妻同士にも独立した友情があるため、関口夫妻と中禅寺夫妻は家族ぐるみの付き合いに近い関係です。

中禅寺夫妻とは夫婦の雰囲気がかなり違う

中禅寺秋彦と千鶴子夫妻は、言葉の応酬が比較的分かりやすく、千鶴子が京極堂を言い負かすような場面もあります。

それに対して関口夫妻は、雪絵が強い言葉で夫を制御する関係ではありません。雪絵は関口の不安定さを受け止めながら、必要以上に踏み込みすぎないような距離を取ります。

同じ「仲の良い夫婦」でも、中禅寺夫妻は会話の掛け合いが魅力で、関口夫妻は静かな支え合いが特徴と言えるでしょう。

関口は雪絵に愛情を見せないのか

関口は、自分の感情を積極的に言葉へする人物ではありません。自分自身について考えすぎる一方、他人へ素直に感謝や愛情を伝えることは得意ではありません。

そのため表面的に読むと、雪絵ばかりが夫を支えているようにも見えます。

しかし、関口にとって家庭や雪絵の存在は精神的な基盤になっています。雪絵との生活を当然のものとして受け止め、その関係を失いたいという描写もありません。

恋愛小説のような「ラブラブ夫婦」ではない

百鬼夜行シリーズで夫婦仲を判断するとき、「キスをする」「愛していると言う」「デートをする」といった恋愛作品の尺度を使うと分かりにくくなります。

舞台は昭和20年代で、作品そのものも怪異・推理・思想を中心に進みます。そのため夫婦愛は、直接的な恋愛表現より生活上の振る舞いによって表現されます。

関口夫妻の場合、同じ家で暮らし、会話を交わし、旅行へ行き、精神的に不安定な夫を妻が支え、それを夫が自然に受け入れているという積み重ねから関係性が見えてきます。

夫婦関係を整理するとどうなる?

ポイント 関口夫妻の描写
夫婦仲 基本的に良好
恋愛表現 かなり控えめ
夫婦喧嘩 ある
雪絵の態度 不安定な関口を見守り支える
関口の態度 愛情表現は乏しいが雪絵との生活を大切にしている
結婚 恋愛結婚とされる
夫婦旅行 『鉄鼠の檻』などで描写あり
別居・離婚 夫婦関係の破綻としては描かれていない

このように整理すると、「いつも仲睦まじい」という意味ではなく、長年生活をともにする夫婦として安定している関係だと分かります。

関口が事件に巻き込まれるたび雪絵は大変

百鬼夜行シリーズでは、関口が事件の中心へ引き込まれることが何度もあります。本人が積極的に事件を追っているというより、なぜか事件の側へ近付いてしまうことも多い人物です。

しかも関口は事件による精神的な影響を強く受けます。通常なら「事件が解決したから終わり」となるところでも、関口の場合はその後しばらく心身の調子を崩すことがあります。

家庭側から考えれば、雪絵はそのたびに相当心配しているはずです。その意味では、雪絵にとって決して楽な結婚生活ではありません。

雪絵の包容力が二人の関係を成立させている

関口夫妻を語るうえで最も大きいのは、やはり雪絵の包容力です。

関口は理屈で説得すれば簡単に元気になる人物ではありません。励まされること自体を重荷に感じそうな性格でもあります。

雪絵はそうした夫に対し、無理に性格を変えようとはせず、ある程度そのまま受け入れています。二人の結婚生活が成立している大きな理由でしょう。

関口夫妻は「支える妻・支えられる夫」だけではない

ただし関口夫妻を、雪絵が一方的に犠牲になって夫の介護をしている関係としてだけ読むのも少し違います。

雪絵は関口と普通に口論もしますし、自分の意見も持っています。関口の精神状態へ全面的に同化する人物ではありません。

関口と適度な距離を保てるからこそ、彼を長く支えられているとも考えられます。

夫婦仲が悪いように見える瞬間がある理由

関口視点の文章では、本人の自己嫌悪や不安が非常に強く描かれます。そのため家庭の描写まで暗く感じることがあります。

関口は自分が妻へ迷惑を掛けていると考えたり、人との関係を否定的に受け取ったりしやすい人物です。

したがって、関口の内面だけをそのまま事実として受け取ると「夫婦関係まで悪いのでは」と見えてしまいます。しかし雪絵の実際の行動を見ると、必ずしも関口本人が感じているほど悲観的な関係ではありません。

『鵼の碑』まで読んでも二人の基本的な関係性は変わらない

百鬼夜行シリーズは『姑獲鳥の夏』から長く続いており、講談社の公式ページでも『鵼の碑』を含む関連シリーズが案内されています。[参照:講談社 百鬼夜行シリーズ関連作品]

シリーズが進んでも、関口夫妻が決定的に破綻するような展開が中心になるわけではありません。関口は相変わらず関口で、雪絵も彼を理解する妻として存在しています。

その意味でも、二人の夫婦関係は一時的な事件によって成立しているものではなく、シリーズ世界の日常を構成する安定した関係の一つです。

二人の関係が好きなら『百鬼夜行 陰』もおすすめ

本編だけでは関口夫妻の日常描写はそれほど多くありません。そのため二人の関係性をもう少し知りたい場合は、『百鬼夜行 陰』の「川赤子」が参考になります。

文藝春秋の人物紹介でも、「川赤子」は『姑獲鳥の夏』に関係する関口巽の物語として紹介されています。[参照:文藝春秋]

事件以前の日常や、関口がどのような精神状態で暮らしていたのかを見ることで、雪絵との結婚生活もより理解しやすくなります。

関口夫妻の魅力は「静かな夫婦らしさ」

二人の魅力は、劇的な恋愛エピソードがあるところではありません。

面倒で気難しく、精神的にも不安定な関口と、それをすべて美化するでも否定するでもなく生活をともにする雪絵。その距離感が非常に現実的です。

事件ばかりが起きる百鬼夜行シリーズの中で、関口家の場面には一種の日常性があります。その日常へ帰れる場所があるからこそ、事件に巻き込まれ続ける関口という人物にも生活感が生まれています。

まとめ:関口巽と雪絵は、苦労は多いが基本的に仲の良い夫婦

京極夏彦の百鬼夜行シリーズに登場する関口巽と雪絵については、夫婦仲は基本的に良好と考えてよいでしょう。

二人は一度も喧嘩をしない理想夫婦ではありません。『百鬼夜行 陰』の「川赤子」では日常的な口論もあり、関口の鬱々とした性格や事件後の精神的不調によって雪絵が苦労していることも確かです。

それでも雪絵は関口を温かく見守り、彼の性格を理解しながら生活を続けています。人物紹介でも、不安定な関口を支える妻として描かれています。[参照:マンガペディア]

一方の関口は愛情表現が極端に得意な人物ではありませんが、雪絵を嫌っていたり結婚を後悔していたりする夫としては描かれていません。夫婦旅行へ出掛けるなど、ごく普通の夫婦生活も送っています。

「ラブラブ」というより、「面倒なところも全部知ったうえで一緒に暮らしている夫婦」という表現が最も近いでしょう。雪絵の包容力に支えられている面は大きいものの、喧嘩も会話も含めて長年の夫婦らしい信頼関係がある二人です。

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