キングダムの麃公はなぜ凱孟や壁に知られていなかった?大将軍なのに無名だった理由を解説

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『キングダム』に登場する麃公(ひょうこう)は、秦軍の大将軍として圧倒的な武力と本能型の戦術を持つ名将です。しかし、作中では魏の将軍である凱孟(がいもう)や、秦の若手将である壁(へき)などが麃公の存在をあまり知らなかったように描かれる場面があります。

大将軍になるほどの武功を持つ人物が、なぜ一部の武将から知られていなかったのか。その理由は、麃公の戦い方や秦国内での立ち位置、そして『キングダム』の時代背景を理解すると見えてきます。

麃公は実際には秦でも屈指の名将だった

まず前提として、麃公は決して無名の将軍ではありません。嬴政(えいせい)の時代より前から秦の最前線で戦い続け、数々の戦功を挙げてきた歴戦の将軍です。

作中でも王騎や蒙驁(もうごう)などと並び、秦軍を代表する大将軍の一人として扱われています。特に麃公は、敵味方の動きを直感的に読み取る「本能型」の武将として、知略型の武将とは異なる強さを持っています。

そのため「存在を知られていなかった」というよりは、特定の地域や世代の武将には情報が届いていなかったと考える方が自然です。

凱孟が麃公を知らなかった理由

凱孟は魏の将軍であり、秦ではなく魏側の人物です。そのため、秦国内で有名な将軍であっても、魏のすべての武将が詳しく知っているとは限りません。

特に麃公は六大将軍のように名前が広く轟いていた存在ではありません。秦の六大将軍は中華全土に恐怖を与えるほど有名でしたが、麃公はその制度外の大将軍でした。

また、麃公の戦いは派手な侵攻や領土拡大よりも、国境付近での防衛戦や局地戦が中心でした。そのため、王騎や桓騎(かんき)のように敵国へ強烈な印象を残す機会が少なかった可能性があります。

壁が麃公を知らなかったように見える理由

壁は秦の将軍ですが、麃公との世代や所属する部隊が異なります。秦軍は非常に大きな組織であり、すべての将軍や武将がお互いを詳しく把握しているわけではありません。

特に壁は王族直属に近い立場から出世してきた将軍であり、麃公のような最前線の古参将軍とは歩んできた経歴が違います。

現代で例えるなら、同じ大企業でも別の部署や地域で長年働いている社員同士が、お互いの有名な人物を詳しく知らないことがあるのと似ています。

麃公はあえて名声を求めなかった武将

麃公の特徴として、自分の名を広めることよりも戦場そのものを楽しみ、敵とぶつかることを重視する性格があります。

王騎のように中華全土に名を轟かせる存在感を持つ武将とは違い、麃公は戦場で結果を出すことだけを求めるタイプでした。

そのため、戦場では恐れられていても、後世に語られるような派手な逸話や政治的な影響力は少なかったと考えられます。

六大将軍ではなかったことも知名度に影響している

麃公が全国的な知名度を得にくかった最大の理由の一つは、六大将軍ではなかったことです。

秦の六大将軍は、自由に軍を動かす権限を持ち、侵略戦争の中心人物として中華各国に名前を知られていました。

一方で麃公は大将軍という高い地位にありながら、六将ほど象徴的な存在ではありませんでした。そのため、敵国の将軍から見ると「秦に強力な将軍がいる」という認識はあっても、個人名までは知られていない場合があったと考えられます。

まとめ|麃公が知られていなかったのは実力不足ではない

麃公は秦軍でも屈指の実力者であり、決して無名の将軍ではありません。しかし、六大将軍ではなかったこと、活動地域が限定されていたこと、そして本能型の戦い方で名声を広げるタイプではなかったことから、凱孟や壁のような人物には詳しく知られていなかったと考えられます。

むしろ麃公の魅力は、名声や肩書きではなく、純粋な戦場での強さによって評価される武将である点です。

『キングダム』では、王騎や李牧のように名前が広く知られた英雄だけでなく、麃公のような「知る人ぞ知る猛将」が存在することで、戦国時代の広大さが表現されています。

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