林美脉子『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』は、インド、エジプト、中国を旅した詩人による紀行文です。一般的な観光ガイドのように名所やグルメを紹介する旅行本ではなく、旅先で触れた古代文明の気配と、自分自身の存在をめぐる問いが重なっていくところに特徴があります。
出版社側の案内では、「自分はどこからきたのか」という問いに導かれてインドへ向かった旅から始まり、エジプト、中国を巡った約35年前の旅の記録と紹介されています。2024年8月刊、書肆子午線発行、四六判312ページ、ISBNは978-4-908568-43-5です。[版元ドットコム]
古代文明、詩、精神的な旅、1980年代前後のアジア・エジプトの空気に興味がある人にはおすすめしやすい一冊です。一方、最新の海外旅行情報や、遺跡について体系的に学べる歴史解説書を探している場合には目的が異なります。どんな読者と相性がよい本なのか、内容と著者の経歴から詳しく見ていきます。
『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』はどんな本?
『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』は、詩人・林美脉子による紀行作品です。書肆子午線の新刊案内では、古代がまだ息づいていたインド、エジプト、中国を巡る詩人の一人旅として紹介されています。[書肆子午線・新刊案内]
ポイントは、旅行から間もなく出版された新しい旅行記ではないことです。出版社資料によると、記録されているのは約35年前の旅です。そのため2024年現在のインド・エジプト・中国を紹介する本ではなく、現在とは異なる時代の風景を記録した紀行として読む必要があります。
出版社は、この本について、現在では感じることのできない古代の混沌とした息吹を感じられる一冊という趣旨で紹介しています。「古代文明について知識を得る本」というより、「古代文明の土地を実際に歩いた詩人が何を感じたのかを読む本」と捉えると内容をイメージしやすいでしょう。
インド・エジプト・中国を巡る一人旅が中心
目次を見ると、大きく「インド・エジプトひとり旅」と「中国ひとり旅」に分かれています。前半には「砂に呼ばれて」「幼年の砂漠体験」「月の砂漠を」「石の秘密」「なにゆえにこの宇宙頂へ」「ひとり旅展開」「声の受肉」などが並びます。[書肆子午線・書籍資料]
後半の中国一人旅には「異次元へのくぐり戸」「謎めいた拒絶感――西安へ」「桃源郷と黄泉境――西安から酒泉へ」「飛天乱舞――敦煌へ」「南京東路大団円――蘭州から上海へ」といった章があります。
西安、酒泉、敦煌、蘭州、上海といった具体的な地名が登場する一方、章題には「黄泉境」「飛天乱舞」「異次元」といった詩的な言葉が使われています。この組み合わせからも、単なる移動記録ではなく、土地から受けた感覚を文学的に描こうとする作品であることがうかがえます。
著者の林美脉子はどんな人?
林美脉子は北海道滝川市生まれ、札幌市在住の詩人です。出版社資料によれば、1974年に第1詩集『撃つ夏』を刊行しています。
インドをテーマとする第3詩集『緋のシャンバラへ』に収録された「陰画の岸」で第8回ケネス・レクスロス詩賞を受賞。その後、エジプト旅行の詩作品を含む『新シルル紀・考』などを刊行しています。[著者紹介]
さらに詩集『宙音』では第45回北海道新聞文学賞詩部門本賞を受賞しています。2021年には思潮社から『レゴリス/北緯四十三度』を刊行しています。[思潮社]
こうした経歴を見ると、『砂に呼ばれて』の旅と詩人としての創作は切り離されたものではありません。インドやエジプトへの旅で得た経験そのものが、著者の詩作とも深く結び付いてきたと考えて読むと、本書の位置付けが分かりやすくなります。
最大の読みどころは「詩人が旅をすると世界がどう見えるのか」
一般的な旅行記では、「どこへ行った」「何を食べた」「どんな人に会った」といった出来事が中心になります。『砂に呼ばれて』の場合、それだけではなく、土地、歴史、古代文明と著者自身の内面が重なっていくところが特徴です。
例えば出版社の紹介には、著者を旅へ向かわせたものとして「自分はどこからきたのか」という問いが示されています。これは単に自分の出身地を尋ねているわけではなく、自分という存在の根源を探るような問いとして読むことができます。
そのため、「海外を旅した人の体験談を読みたい」という人以上に、「旅によって人間の内面や世界の見え方がどう変化するのか」に興味がある人と相性がよい作品といえるでしょう。
約35年前の旅だからこその面白さがある
本書の旅は出版時点から約35年前のものです。この点は、読む目的によってメリットにも注意点にもなります。
現在ならスマートフォンで地図を確認し、ホテルを予約し、翻訳アプリを使い、現地の情報を瞬時に検索できます。しかし1980年代前後の海外一人旅では、現在ほど簡単に情報へアクセスできません。
本書について紹介した読書記録では、ホテルも事前にすべて予約していくような旅ではなかったことや、インド・エジプト・中国を巡った旅の行動力が印象として挙げられています。これは個人の書評ではありますが、本書の旅が現代のパッケージ旅行とはかなり違う性格だったことを理解する参考になります。
現代の旅行ガイドとして読む本ではない
ここは購入前に理解しておきたいポイントです。本書に登場する国や都市をこれから旅行する人が、「現地の交通機関」「ホテル」「料金」「治安」「入国手続き」などを調べる目的で読む本ではありません。
35年前と現在では、都市景観、交通、宿泊事情、政治・社会情勢などが大きく変化しています。本書に記録された当時の体験を現在の旅行へそのまま当てはめるべきではありません。
逆に、「現在では体験できない時代のインド・エジプト・中国を読みたい」という目的なら、この時間差そのものが本書の価値になります。古い紀行文には、現在の旅行記とは違った歴史資料的・文化的な面白さもあります。
古代文明の「入門書」としては目的が違う
タイトルに「古代紀行」とあるため、エジプト文明、インダス文明、中国文明などについて詳しく解説する歴史書を想像する人もいるかもしれません。
しかし出版社の説明や目次を見る限り、本書の中心は詩人自身の旅です。古代文明について年代、王朝、遺跡、考古学的研究成果を体系的に整理した学術的な入門書とは性格が異なります。
例えば「古代エジプトの王朝を順番に勉強したい」「敦煌莫高窟の歴史を学術的に理解したい」という目的なら、それぞれの専門的な入門書を併読したほうがよいでしょう。一方、「古代文明の土地に立った一人の詩人が何を感じたのか」を読みたいなら、本書の方向性と合います。
詩が好きな人には特におすすめしやすい
著者が長年活動してきた詩人であることは、本書を選ぶうえで重要です。出版社自身も「詩が言葉を受肉する彼方へ」という言葉を掲げています。[書肆子午線]
したがって、簡潔で実用的な旅行情報をテンポよく読むより、言葉の響きやイメージ、土地から立ち上がる感覚を味わう読書が好きな人に向いています。
普段から現代詩を読む人はもちろん、詩そのものには詳しくなくても、紀行文学、随筆、文学的な旅行記が好きなら候補に入れてよいでしょう。
逆におすすめしにくいのはこんな人
どんな本にも相性があります。『砂に呼ばれて』の場合、旅行情報を効率的に収集したい人にはおすすめしにくいでしょう。また、歴史的事実だけを簡潔に知りたい人にも、もっと直接的な古代史の入門書があります。
さらに、文学的・詩的な文章より「結論がはっきりしている文章」「出来事がテンポよく展開する小説」を好む人の場合、本書の方向性が合わない可能性があります。
| 読書の目的・好み | 相性 |
|---|---|
| 詩人による文学的な旅行記を読みたい | ◎ |
| インド・エジプト・中国に興味がある | ◎ |
| 古代文明の土地をめぐる精神的な旅に興味がある | ◎ |
| 昔の海外一人旅を読みたい | ◎ |
| 現代詩・紀行文学が好き | ◎ |
| 古代史を体系的に勉強したい | △ |
| 現在の海外旅行情報を知りたい | × |
| テンポの速い小説を読みたい | △ |
林美脉子の詩集を知っている人にも興味深い一冊
林美脉子の作品をすでに読んでいる人にとって、本書はさらに違った楽しみ方ができます。出版社資料によれば、インドをテーマとした詩集『緋のシャンバラへ』、エジプト旅行の作品を含む『新シルル紀・考』などが過去に刊行されています。
つまり本書にまとめられた旅と、その後の詩作品には接点があります。紀行を読んだあと関連する詩作品を読む、あるいは詩集を読んでから紀行へ戻るという読み方もできます。
2021年の『レゴリス/北緯四十三度』では、北海道という土地や歴史、人類の暴力などが扱われています。[思潮社『レゴリス/北緯四十三度』] 土地と歴史を詩的な言葉によって捉える著者の関心を追いたい人にとって、『砂に呼ばれて』も重要な一冊となるでしょう。
書籍の基本情報
購入や図書館で探す際は、同名・類似タイトルとの取り違えを防ぐためISBNで確認すると確実です。
| 書名 | 悠久の古代紀行 砂に呼ばれて |
|---|---|
| 著者 | 林美脉子 |
| 出版社 | 書肆子午線 |
| 刊行 | 2024年8月 |
| 判型 | 四六判・並製 |
| ページ数 | 312ページ |
| ISBN | 978-4-908568-43-5 |
| 本体価格 | 2,500円 |
上記は出版社側の新刊資料で確認できる情報です。[書籍情報]
知名度の高いベストセラーとは異なり、ネット上に大量のレビューが存在する本ではありません。そのため、レビュー件数や星の数だけで判断するより、出版社の内容紹介と目次を確認し、自分が読みたいタイプの紀行かどうかで判断するほうが適しています。
購入前は「何を期待しているか」で判断すると失敗しにくい
この本をおすすめできるかどうかは、「インドやエジプトについて書かれているから」という理由だけでは決まりません。何を期待して読むのかが重要です。
例えば「古代文明に強く惹かれる」「昔の海外一人旅に興味がある」「旅人の内面まで描く紀行が好き」「詩人の感性で見た異文化を読みたい」という人なら、本書の特徴とかなり一致します。
一方、「ピラミッドについて詳しく勉強したい」「インド旅行の準備をしたい」「中国史を最初から勉強したい」という目的なら、それぞれ専門の本を先に選んだほうが目的を達成しやすいでしょう。
まとめ:古代文明と旅を「詩人の感覚」で味わいたい人におすすめ
林美脉子『悠久の古代紀行 砂に呼ばれて』は、詩人である著者がインド、エジプト、中国を一人で巡った約35年前の旅をまとめた紀行です。2024年に書肆子午線から刊行された312ページの一冊で、著者自身の「自分はどこからきたのか」という問いが旅の背景にあります。[出版社資料]
おすすめしやすいのは、古代文明、インド・エジプト・中国、海外一人旅、紀行文学、現代詩、精神的な旅に興味がある人です。特に、観光地の情報ではなく「ある土地に立った人間が何を感じるのか」を読むことが好きなら、相性のよい作品でしょう。
反対に、古代文明について体系的に学ぶ歴史入門書や、現在の海外旅行に使える実用書を求めている場合には、本書とは目的が異なります。その場合は専門書・旅行ガイドを選ぶか、本書と併読するのがおすすめです。
『砂に呼ばれて』を選ぶ際のキーワードは、「古代文明の解説」より「詩人による古代文明への旅」です。この方向性に惹かれるなら、十分に手に取る価値のある一冊といえるでしょう。


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