『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』などで知られる島田荘司は、講談社、光文社、新潮社、文藝春秋、南雲堂など複数の出版社から作品を刊行してきた作家です。そのため長年読み続けている読者ほど、出版社やレーベルによって作品の印象が違うと感じることがあります。
なかでも南雲堂の名前は島田荘司作品を調べていると頻繁に登場しますが、ここで注意したいのは、「南雲堂から出ている本=南雲堂向けに新しく書かれた小説」とは限らないことです。南雲堂は「島田荘司全集」の刊行元でもあり、他社から過去に発表された代表作も多数収録されています。
したがって出版社だけを基準に「こちらは傑作が多く、こちらは駄作が多い」と分類すると、作品の初出時期や再刊・全集化という事情を見落としやすくなります。本記事では、島田荘司作品と出版社の関係を整理しながら、南雲堂刊行物のなかで読んでおきたい作品について紹介します。
島田荘司は複数の出版社から作品を刊行している
島田荘司は1981年に『占星術殺人事件』でデビューし、御手洗潔シリーズや吉敷竹史シリーズを中心に数多くのミステリーを発表してきました。新潮社の著者紹介でも、『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』などの御手洗潔シリーズや、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』などの吉敷竹史シリーズを代表作として紹介しています。
一方、作品の出版元は一社に固定されていません。講談社や光文社だけでなく、新潮社からも『ロシア幽霊軍艦事件』『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』『御手洗潔の追憶』『ゴーグル男の怪』などが刊行されています。
つまり島田荘司作品を比較する際には、出版社よりも「いつ書かれた作品なのか」「どのシリーズなのか」「長編か短編か」「新作として刊行されたのか、再刊なのか」を見るほうが作品傾向を把握しやすくなります。
南雲堂と島田荘司の重要な関係が「島田荘司全集」
南雲堂は「島田荘司全集」を刊行しています。これは島田荘司の作家としての軌跡をまとめる全集であり、南雲堂から初めて発表された新作だけを集めたシリーズではありません。
例えば『島田荘司全集VIII』は2021年に南雲堂から刊行され、『幽体離脱殺人事件』『見えない女』『奇想、天を動かす』『羽衣伝説の記憶』の4作品を収録しています。なかでも出版社側の紹介でも『奇想、天を動かす』は吉敷シリーズの代表作として位置付けられています。
したがって「南雲堂から出ている島田荘司作品」という括りには、過去の代表作や評価の高い作品も当然含まれます。南雲堂という出版社名そのものを作品の出来と結び付けるのは適切ではありません。
同じ作品が複数出版社と関係することもある
書籍には「最初に作品が発表された出版社」と「現在その本を刊行している出版社」が異なるケースがあります。単行本から文庫化するときに出版社やレーベルが変わることもありますし、後年に全集へ収録されることもあります。
島田荘司作品でも、この点は非常に重要です。例えば講談社が2017年に刊行した『名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇』には、「数字錠」と「ギリシャの犬」が収録されています。講談社公式の書誌情報では、この2編の初出を2014年6月刊行の南雲堂『島田荘司全集6』としています。[参照:講談社『名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇』]
つまり現在講談社の本で読める作品でも、書誌上の初出が南雲堂という場合があります。「講談社作品」「南雲堂作品」という単純な二分法では整理できないわけです。
出版社によって面白さが違って感じられる理由
それでも特定出版社の本に対して「自分には合う」「こちらはあまり面白くない」という印象を持つこと自体は不自然ではありません。出版社ごとに刊行された時期、シリーズ、企画、編集方針などが異なるため、結果的に読者が受ける印象に偏りが生じることがあります。
特に島田荘司は1980年代から長期間活動している作家です。初期の本格推理と後年の作品では、同じ作家でも関心の置き方や物語の構成、社会的テーマの比重などが同一とは限りません。
例えば新潮社が『ゴーグル男の怪』について掲載している書評では、近年の島田作品について「トリック優先から物語性重視へ」という観点が示されています。同作自体も本格ミステリー的な謎だけでなく、事件の背景や物語性を強く持った作品として紹介されています。[参照:新潮社『ゴーグル男の怪』]
初期の巨大なトリックや論理的解明を特に好む読者なら、作風の変化した時期の作品を物足りなく感じる可能性があります。しかし、それを出版社だけの違いと考えると原因を取り違えることがあります。
南雲堂の本で読める『奇想、天を動かす』は重要作品
南雲堂刊行物から島田荘司作品を選ぶなら、『島田荘司全集VIII』に収録された『奇想、天を動かす』は見逃せません。南雲堂の同全集の紹介でも「吉敷シリーズの代表作」と明記されています。
『奇想、天を動かす』は吉敷竹史を中心とする作品で、一見すると不可解な事件を発端として物語が大きく展開していきます。島田荘司の奇想的なミステリーと、社会や歴史へ目を向ける作風の双方を味わえる作品として知られています。
したがって南雲堂刊行の本を一冊選び、その出版社から出ている島田作品が自分に合うか判断したい場合には、全集VIIIは興味深い選択肢になります。『奇想、天を動かす』以外にも『幽体離脱殺人事件』『見えない女』『羽衣伝説の記憶』が同時収録されています。[参照:版元ドットコム『島田荘司全集VIII』書誌情報]
『異邦の騎士』も南雲堂の全集に収録されている
御手洗潔シリーズが好きな読者なら、『異邦の騎士』も重要です。同作は島田荘司の代表的な御手洗潔作品として長年読まれており、現在では南雲堂の「島田荘司全集VII」にも収録されています。
ここが「出版社で作品の質を分類する」ことの難しさを端的に示しています。『異邦の騎士』を別出版社の版で読んで高く評価している読者であっても、全集版を選べば南雲堂刊行の書籍として読むことになるからです。
同じ小説の内容が出版社名によって別作品になるわけではありません。装丁、校訂、解説、収録形態などには違いがあり得ますが、小説を評価するときには作品そのものと刊行形態を分けて考える必要があります。
『御手洗潔のダンス』『暗闇坂の人喰いの木』も全集に収録
南雲堂の「島田荘司全集IX」には、『御手洗潔のダンス』『踊る手なが猿』『暗闇坂の人喰いの木』が収録されています。
特に『暗闇坂の人喰いの木』は御手洗潔シリーズの長編を追っていく場合に名前が挙がる作品の一つです。怪奇的な雰囲気と本格ミステリーを組み合わせた島田荘司らしい世界を楽しみたい人に向いています。
短編集を読みたい場合には『御手洗潔のダンス』という選択肢もあります。長編だけではなく複数の形式を一つの全集で追えることは、南雲堂版の利点の一つといえるでしょう。
「南雲堂の作品が合わない」と感じたら刊行年代を確認する
何冊か読んで相性が悪かった場合には、出版社ではなく各作品の初出年を一覧にしてみると、自分の好みが見えやすくなります。
例えば「1980年代から1990年代前半の御手洗潔ものが特に好き」「吉敷竹史シリーズが好き」「後期の社会的テーマが強い作品は好みではない」といった傾向が分かれば、次に読む作品をかなり絞り込めます。
逆に後期作品の人物描写や社会的テーマを好む読者なら、初期作品とは別の魅力を感じる可能性があります。ミステリーはトリックの意外性だけで評価されるジャンルではなく、人物、文章、テーマ、伏線、論理性、読後感など、読者によって重視する要素が大きく異なります。
講談社・光文社だから面白いという単純な関係でもない
講談社や光文社から刊行された島田荘司作品にお気に入りが多い場合、その出版社との相性が良いという感覚を持つことはできます。しかし「出版社が違うから作品そのものの質が変わる」とまで断定できる資料はありません。
出版社には企画、編集、校正、販売など重要な役割がありますが、小説の評価には著者の執筆時期や作品ごとの狙いも大きく関係します。また同じ作品が単行本、文庫、全集と異なる出版社・レーベルを経て刊行されるケースもあります。
島田荘司ほど長いキャリアを持つ作家の場合は、出版社別ランキングを作るより、シリーズ別・年代別・作品タイプ別に読むほうが自分に合う作品を見つけやすいでしょう。
初めて島田荘司を広く読むなら代表作から比較する
島田荘司作品をまだ一部しか読んでいない場合は、『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』など代表的な御手洗潔作品を軸にしながら、吉敷竹史シリーズや後年の作品へ広げる方法があります。
出版社をまたいで読むことで、「自分が好きなのは講談社なのではなく初期御手洗作品だった」「実は吉敷シリーズとの相性が良かった」といったことが分かる場合があります。
また短編が好きなら、講談社の『名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇』のような選集も便利です。同書には「数字錠」「ギリシャの犬」「山高帽のイカロス」「IgE」「SIVAD SELIM」が収録されており、異なる時期の御手洗作品を一冊で比較できます。[参照:講談社]
まとめ:南雲堂という出版社だけで島田荘司作品を評価するのは難しい
島田荘司の本を出版社別に読んでいると、講談社や光文社の作品のほうが自分には面白く、南雲堂の本は合わないと感じることはあり得ます。ただし、それは個々の読書体験としての評価であり、出版社によって作品の質が決まっていることを意味するものではありません。
特に南雲堂は「島田荘司全集」の刊行元です。そのため南雲堂刊行物には『異邦の騎士』『奇想、天を動かす』『御手洗潔のダンス』『暗闇坂の人喰いの木』など、島田荘司の長い作家活動を振り返るうえで重要な作品も収録されています。
また講談社の選集に収録されている「数字錠」「ギリシャの犬」のように、初出が南雲堂の全集である作品もあります。この事実だけでも「講談社作品対南雲堂作品」という分類が必ずしも成立しないことが分かります。
島田荘司作品を選ぶときは出版社名だけで判断せず、初出年代、御手洗潔・吉敷竹史などのシリーズ、長編・短編、そして作品のテーマを確認することがポイントです。南雲堂刊行物から選ぶなら、まず『島田荘司全集』の収録作品を確認し、自分が未読の代表作から手に取ると、出版社に対する印象とは違った発見ができるでしょう。

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