ジョン・バッカン(John Buchan)の『まほうのつえ』『魔法のつえ』は、原題を『The Magic Walking-Stick』という児童向けの冒険ファンタジーです。魔法の杖を手に入れた少年が、その不思議な力によってさまざまな土地へ赴くという、非常に明快なアイデアから物語が展開していきます。
現在の日本では広く知られた児童文学とは言いにくいものの、1932年に刊行された作品で、日本でも複数回翻訳・出版されてきました。児童文学史に残る超有名作というより、古典的な冒険ファンタジーの魅力をコンパクトに楽しめる隠れた良作と捉えると、この作品の位置づけが分かりやすいでしょう。
この記事では、『まほうのつえ』がどのような作品なのか、作者ジョン・バッカンの経歴や物語の特徴、日本での出版歴、現代の読者が感じやすい長所と注意点まで整理します。
『まほうのつえ』とはどんな本なのか
『The Magic Walking-Stick』は、スコットランド出身の作家ジョン・バッカンによる児童向け作品です。原著の単行本は1932年にHodder & Stoughtonから刊行されました。
作品の原型はそれ以前に存在しており、バッカン自身も原著冒頭のNOTEで、シンシア・アスキス編『Sails of Gold』に寄稿した作品に物語の原型があったことを説明しています。
日本では表記に揺れがあり、『まほうのつえ』『魔法のつえ』『魔法の杖』などの題名で紹介されています。国立国会図書館のレファレンス協同データベースでも、ジョン・バッカンの作品として確認されています。[参照:国立国会図書館 レファレンス協同データベース]
作者ジョン・バッカンはどんな作家?
ジョン・バッカンは1875年生まれ、1940年没のスコットランド出身の作家・政治家です。英語圏では冒険小説やスリラーの作家として知られています。
代表作として特に有名なのが『The Thirty-Nine Steps(三十九階段)』です。後にアルフレッド・ヒッチコックによって映画化されたこともあり、バッカンの名前はスパイ・冒険小説史の文脈で語られることが多くなっています。
そのため『まほうのつえ』だけを見ると純粋な児童文学作家のようにも感じられますが、実際には冒険やサスペンスを得意とした作家が子ども向けに書いた作品という点が重要です。『The Magic Walking-Stick』は、バッカンが残した作品群の中でも珍しい児童向け長編として位置づけられています。
『まほうのつえ』の基本的なあらすじ
物語の主人公はイギリスの少年ビルです。ビルはあるとき、不思議な老人から一本の杖を手に入れます。
ところが、その杖は普通のステッキではありません。杖を使って願うことによって、ビルを遠く離れた場所へ連れていく不思議な力を持っています。
「どこへでも行ける魔法のアイテムを手に入れたら、子どもは何をするのか」という想像力をそのまま冒険物語へ発展させているのが本作の基本構造です。Open Libraryでも、魔法の杖を手に入れたイギリスの少年が遠く離れた土地で冒険する物語として紹介されています。[参照:Open Library]
魅力1:設定がシンプルだからこそ想像力を刺激する
本作の大きな魅力は、「魔法の杖を使えば好きな場所へ行ける」という非常に分かりやすい設定です。現代のファンタジー作品と比較すると、複雑な魔法体系や膨大な世界設定が用意されているわけではありません。
しかし、この単純さが児童文学として強みになっています。「もし自分がその杖を持っていたら、どこへ行くだろう」と読者自身が想像できるからです。
例えば現代なら、瞬間移動能力を扱った漫画やゲームを連想すると分かりやすいでしょう。現在では珍しくない発想でも、1930年代の少年を主人公にした作品として読むと、その時代ならではの冒険感覚を味わえます。
魅力2:魔法そのものより「冒険」が中心にある
タイトルだけを見ると、魔法使いや呪文が登場する本格的な魔法ファンタジーを想像するかもしれません。しかし本作の読み味は、むしろ冒険小説に近いものがあります。
杖は冒険を始めるための装置であり、物語の楽しさはビルが未知の土地へ行き、予想外の出来事へ巻き込まれていくところにあります。
この点には、『三十九階段』などの冒険・スリラー作品で知られるバッカンらしさも感じられます。魔法の設定だけで読ませるのではなく、移動、危機、脱出といった冒険小説的な要素でテンポよく物語を進めていきます。
魅力3:魔法の杖には単純ではないルールがある
本作の面白いところは、「願えば何でも思い通りになる万能アイテム」というだけでは終わらない点です。
物語では杖の性質や使い方について条件が提示され、ビルはその力を完全に理解した状態から冒険を始めるわけではありません。そのため、魔法の力そのものがトラブルのきっかけになることもあります。
強力な能力にはルールがあり、それを理解しながら主人公が冒険するという構造は、現代のファンタジーにも通じる面白さです。単純な願望充足物語になっていないところが、本作を長めの児童小説として成立させています。
「名作」と呼べる作品なのか
作品を「名作」と呼ぶかどうかには主観が含まれます。そのうえで文学史上の知名度を基準にするなら、『まほうのつえ』を『不思議の国のアリス』『ホビットの冒険』『ナルニア国物語』などと同列の世界的児童文学の代表作と評価するのは難しいでしょう。
実際、バッカン自身の代表作としても、通常は『三十九階段』をはじめとする冒険・スパイ小説のほうが先に挙げられます。2026年に同作を取り上げた書評でも、バッカン作品の中では比較的小規模な作品と位置づけつつ、軽快さ、テンポのよさ、主人公の魅力などを評価しています。
一方で、知名度が低いことと作品として出来が悪いことは別問題です。魔法と冒険を組み合わせた古典児童文学として見ると、今でも楽しめる要素が多く、特に昔ながらの冒険物語が好きな読者には十分おすすめできます。
現在のファンタジーと比べるとどう感じる?
現代の読者は、漫画、ライトノベル、映画、ゲームなどを通して非常に複雑なファンタジー設定に慣れています。そのため『まほうのつえ』を読むと、物語の仕組みそのものは素朴に感じる可能性があります。
一方、その素朴さを「古い」と感じるか、「古典児童文学らしい魅力」と感じるかによって評価は大きく変わります。派手な能力バトルや大規模な世界設定を期待する作品ではありません。
例えば、昔の海外児童文学にある「少年が日常から突然未知の世界へ飛び出していく」という雰囲気が好きなら相性がよいでしょう。反対に、緻密な伏線や心理描写を中心に読みたい人には、やや物足りなく感じられるかもしれません。
1930年代の作品であることは理解して読みたい
『The Magic Walking-Stick』は1932年刊行の作品です。そのため、作中に描かれる社会や外国への視線には当時のイギリス社会の価値観が反映されています。
現代の基準では違和感を覚える可能性のある表現や描写もあり、そこは作品が成立した時代背景と切り離さず読む必要があります。古典作品を読む際には、現在の社会的価値観と当時の表現を同一視しないことが重要です。
逆にいえば、1930年代のイギリスの少年がどのような世界を「冒険」として想像していたのかを見る資料として読む面白さもあります。
日本では複数の翻訳版が出版されている
『まほうのつえ』は日本でも古くから翻訳されてきました。国立国会図書館のレファレンス事例では、邦訳が複数出版されていたことが確認されています。
例えば1965年には講談社「世界の名作」シリーズから、榎林哲訳・依光隆絵の『まほうのつえ』が刊行されています。また1972年には少年少女講談社文庫から、榎林哲訳・上本善美絵による『魔法のつえ』が刊行されました。[参照:CiNii Books]
つまり日本でも一時期は、子ども向けの海外名作・冒険文学として繰り返し紹介されていた作品です。子どもの頃に読んだ記憶があるもののタイトルが思い出せない、という形で後年探されることもある作品になっています。
どんな人におすすめできる?
『まほうのつえ』は、古典児童文学、昔ながらの冒険小説、不思議なアイテムを使ったファンタジーが好きな人に向いています。
また、ジョン・バッカンを『三十九階段』などから知った人が、「この作家が子ども向けのファンタジーを書くとどうなるのか」という興味から読むのも面白いでしょう。
一方、文学史上きわめて重要な作品だけを読みたい場合には優先順位は高くありません。バッカン入門としても、作家の代表性を重視するなら先に『三十九階段』を読むという選択があります。
大人になってから読んでも楽しめる?
児童向け作品ではありますが、大人が読めない作品ではありません。むしろ子どもの頃に海外児童文学を読んでいた人なら、昔の翻訳児童文学特有の冒険感覚を懐かしく感じる可能性があります。
大人の読者なら、単純にストーリーを追うだけでなく、戦間期イギリスの社会背景やバッカンの冒険小説との共通点を意識すると、別の楽しみ方ができます。
また、「魔法の力によって世界のどこへでも行ける」という発想が、通信や海外旅行が現在ほど身近ではなかった1932年に書かれたことを意識すると、当時の子どもにとってこの設定が持っていた魅力も想像しやすくなります。
まとめ:超有名作ではないが、古典冒険ファンタジーとして魅力のある一冊
ジョン・バッカンの『まほうのつえ(The Magic Walking-Stick)』は、1932年に単行本として刊行された児童向け冒険ファンタジーです。少年ビルが不思議な杖を手に入れ、その力によってさまざまな冒険へ向かうという分かりやすい設定を軸にしています。
世界児童文学を代表する超有名作品という意味で無条件に「名作」と断定するより、ジョン・バッカンの冒険小説らしいテンポと、古典児童ファンタジーの想像力を楽しめる隠れた良作と評価するのが適切でしょう。
日本でも1940年代以降さまざまな形で翻訳され、1965年の『まほうのつえ』や1972年の『魔法のつえ』などが刊行されています。現在のファンタジーと比較すれば素朴な作品ですが、「魔法の道具を手に入れた少年が未知の世界へ飛び出す」という冒険物語の原点的な面白さがあります。
昔ながらの海外児童文学が好きな人、少年冒険小説が好きな人、あるいはジョン・バッカンの代表作とは違った一面を知りたい人なら、現在でも読んでみる価値のある一冊です。


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