『駅馬車』『荒野の決闘』『黄色いリボン』『捜索者』『静かなる男』など、映画史に残る作品を数多く監督したジョン・フォード。日本では蓮實重彦による『ジョン・フォード論』がよく知られていますが、フォードについて書かれた重要な書籍はそれだけではありません。
むしろジョン・フォードという映画作家を立体的に理解するには、作品の画面を分析する映画批評だけでなく、本人へのインタビュー、撮影現場を知る人物の証言、家族による伝記などを併読するのが効果的です。
ここでは蓮實重彦の著作と、佐藤忠男『映画をどう見るか』をいったん外し、日本語で読めるジョン・フォード関連書籍を中心に、それぞれ何が分かる本なのかを整理します。
最初に挙げたいのはリンゼイ・アンダースン『ジョン・フォードを読む』
蓮實重彦以外の著者によるジョン・フォード本を探しているなら、まず候補にしたいのがリンゼイ・アンダースン著、高橋千尋訳『ジョン・フォードを読む―映画、モニュメント・ヴァレーに眠る』です。フィルムアート社から1984年に刊行されています。
フィルムアート社の紹介によると、本書はリンゼイ・アンダースンの『About John Ford』の日本語版で、ジョン・フォードの創作について論じるだけでなく、ヘンリー・フォンダやジョン・ウェインをはじめとした出演俳優へのインタビュー、作品のフィルモグラフィー、批評資料なども収録しています。[参照:フィルムアート社]
一冊だけ選ぶのであれば、蓮實重彦とは異なる方向からフォードを本格的に知るための有力候補です。単なる映画紹介ではなく、監督としてのフォードそのものを研究対象として読みたい人に向いています。
リンゼイ・アンダースンとはどのような映画人なのか
リンゼイ・アンダースンはイギリスの映画監督・映画批評家で、単なる伝記作家ではありません。映画を実際に作る側の人物でもあり、同時に批評活動にも深く関わっていた映画人です。
そのため『ジョン・フォードを読む』は、スター俳優や西部劇の歴史だけを紹介するタイプの本とは性格が異なります。フォード作品を映画としてどのように評価するのか、作品と監督との関係をどう捉えるのかという視点があります。
また、フォードと仕事をした俳優たちの証言も組み込まれているため、作品論と人物論を行き来しながら読むことができます。映画そのものについて考えたい読者と、フォードという人物を知りたい読者の双方に入口がある本といえます。
ダン・フォード『ジョン・フォード伝 親父と呼ばれた映画監督』も重要
作品論よりも「ジョン・フォードとはどんな人物だったのか」を詳しく知りたい場合には、ダン・フォード著、高橋千尋訳『ジョン・フォード伝 親父と呼ばれた映画監督』があります。文藝春秋から1987年に刊行された528ページの本です。[参照:文藝春秋]
著者のダン・フォードはジョン・フォードの孫です。そのため本書は、第三者の批評家が作品だけを分析する本とはかなり立場が異なります。
文藝春秋は本書を、『駅馬車』『騎兵隊』『荒野の決闘』などを生み出したジョン・フォードと、その周囲にいた人々の人生を孫の視点から描いた伝記として紹介しています。作品分析を読む前後にこうした伝記を入れると、フォード映画を取り巻いていた人間関係や制作環境が見えやすくなります。
『ジョン・フォードを読む』と『ジョン・フォード伝』は目的が違う
この2冊はタイトルが似ているため、どちらを選べばよいか迷うかもしれません。しかし読みたい内容で分けると選択しやすくなります。
| 書籍 | 著者 | 主な特徴 | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| ジョン・フォードを読む | リンゼイ・アンダースン | 作品・作家論、証言、資料 | フォード映画そのものを考察したい人 |
| ジョン・フォード伝 親父と呼ばれた映画監督 | ダン・フォード | 人物史・伝記 | フォード本人の人生や周辺人物を知りたい人 |
「フォードの映画がなぜ優れているのか」という関心ならアンダースン、「そもそもフォードはどんな人間で、どんな人生を送ったのか」という関心ならダン・フォードの伝記から入るとよいでしょう。
もちろん両方を読むと理解はさらに深まります。伝記で制作背景や人物関係を知ったあと作品論へ戻ると、それまでとは違った角度から映画を見ることができます。
ピーター・ボグダノヴィッチによるフォードのインタビューも重要
ジョン・フォード研究では、映画監督ピーター・ボグダノヴィッチによるフォードへのインタビューも非常に有名です。英語圏では『John Ford』として刊行されている資料で、ボグダノヴィッチ自身も『ラスト・ショー』『ペーパー・ムーン』などで知られる映画監督です。
評論家がフォードについて論じる文章と、フォード本人が自作について話している記録には大きな違いがあります。特にフォードは、自分の映画について理論的に長々と説明するタイプの監督ではなかったことで知られており、その受け答え自体から人物像が浮かびます。
映画作家本人の発言と後世の批評を比較すると、「批評家が作品から読み取ったもの」と「監督本人が語ったこと」が必ずしも一致しない面白さも見えてきます。英語の資料まで対象にできる人なら、フォード研究の基本文献の一つとして押さえておきたい資料です。
作品論だけでなく伝記を読むメリット
ジョン・フォードは1894年生まれで、サイレント映画時代から1970年代まで映画界に関わった人物です。そのキャリアはハリウッド映画史そのものと重なるほど長く、西部劇だけを見ても全体像をつかみにくい監督です。
またジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ジョン・キャラダイン、モーリン・オハラなど、繰り返しフォード作品に登場する俳優がいます。さらに撮影スタッフを含め、同じ人々と何度も映画を作る「フォード一家」と呼ばれるような人的ネットワークも、作品を理解するうえで重要です。
伝記を読むと、一本一本の映画を独立した作品として見るだけでなく、「なぜ同じ俳優が何度も登場するのか」「なぜ似た場所や共同体が繰り返し描かれるのか」といった疑問を、監督のキャリア全体から考えられるようになります。
ジョン・フォードは西部劇だけの監督ではない
フォードについて読むときに注意したいのが、「西部劇の巨匠」というイメージだけで作品を括らないことです。確かに『駅馬車』『荒野の決闘』『黄色いリボン』『捜索者』『リバティ・バランスを射った男』など、映画史上重要な西部劇を多数監督しています。
一方、『怒りの葡萄』『わが谷は緑なりき』『静かなる男』など、西部劇ではない代表作もあります。戦争映画や歴史映画などにも携わっており、フィルモグラフィー全体は非常に幅広いものです。
そのためフォード論を読むときには、西部劇論だけではなく、家族、共同体、故郷、歴史、記憶、軍隊、男性集団などが作品の中でどう扱われているのかにも注目すると、監督としての一貫性が見えやすくなります。
蓮實重彦とは違う視点を求めるなら海外のフォード研究が面白い
蓮實重彦の『ジョン・フォード論』は、フォード作品の画面に現れる馬、樹木、人間の身振りなどに注目し、映画を実際に「見る」ことを重視した批評です。文藝春秋も同書について、フォードを単純な「古典的な西部劇の巨匠」という枠から解放し、画面そのものを見ることへ読者を導く本として紹介しています。[参照:文藝春秋]
それに対して、アンダースンやダン・フォードなどの本では、フォード本人、出演俳優、撮影現場、経歴といった別の方向から作品へ近づけます。
したがって蓮實重彦をすでに読んでいる人ほど、同じタイプの批評書だけを探すのではなく、海外の評論・インタビュー・伝記を組み合わせて読むと、フォード像の違いそのものを楽しめます。
古いジョン・フォード本は図書館と古書店も探す
日本語で刊行されたジョン・フォード関連書籍には、刊行から数十年が経過しているものがあります。『ジョン・フォードを読む』は1984年、『ジョン・フォード伝 親父と呼ばれた映画監督』は1987年刊行なので、新刊書店だけでは見つからない場合があります。
その場合は古書店だけでなく、公共図書館や大学図書館の蔵書検索も有効です。映画関係の専門書は絶版になると中古価格が上昇することがありますが、図書館には刊行当時に購入された本がそのまま保存されているケースがあります。
特に映画史や映画研究を扱う大学図書館では、一般書店では入手しにくい外国語のフォード研究書や映画雑誌のバックナンバーが所蔵されていることもあります。本格的に調べたい場合は書籍だけでなく雑誌論文まで検索対象を広げるとよいでしょう。
読む順番は「伝記→作品→批評」でもよい
映画批評に慣れていない場合、いきなり高度な作品論を読む必要はありません。まず伝記を読み、フォードがどのような人物だったのかを知ってから代表作を見る方法もあります。
例えばダン・フォードの伝記を読み、『駅馬車』『荒野の決闘』『黄色いリボン』『静かなる男』『捜索者』『リバティ・バランスを射った男』などを何本か見たあと、リンゼイ・アンダースンや蓮實重彦へ進むという順番です。
逆に作品をすでに何十本も見ている人なら、最初からアンダースンの本を読むほうが刺激的でしょう。自分がフォードの「人生」を知りたいのか、「映画」を論じた文章を読みたいのかによって選ぶ本は変わります。
まとめ:蓮實重彦以外にもジョン・フォードを知る重要な本はある
ジョン・フォードについて日本語でさらに読みたい場合、特に注目したいのがリンゼイ・アンダースン『ジョン・フォードを読む―映画、モニュメント・ヴァレーに眠る』と、ダン・フォード『ジョン・フォード伝 親父と呼ばれた映画監督』です。
前者はフォードという映画作家とその作品について考えるための評論・資料として、後者はフォードの人生と周辺人物を知る伝記として役割が異なります。どちらも蓮實重彦とは違う入口からジョン・フォードへ接近できる本です。
さらに外国語文献まで範囲を広げられるなら、ピーター・ボグダノヴィッチによるインタビューをはじめ、英語圏には豊富なフォード研究があります。一本の映画を見たあと複数の著者による解釈を読み比べると、同じ場面がまったく違って見えてくることがあります。
ジョン・フォードは西部劇というジャンルだけでは捉えきれない監督です。まず一冊という場合は『ジョン・フォードを読む』、人物像から入りたい場合は『ジョン・フォード伝』を入口にして、実際の作品へ何度も戻りながら読み進めるのがおすすめです。


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