ハンターハンター ネテロは片腕でも百式観音の壱の掌や九十九の掌を使えるのか?零との関係から考察

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『HUNTER×HUNTER(ハンターハンター)』のキメラアント編で、ネテロ会長はメルエムとの戦いの中で片腕を失いながらも百式観音・零の掌を発動しました。この場面から「片腕がない状態でも百式観音の壱の掌や九十九の掌は使用できるのか」と疑問に感じる読者も多くいます。

この記事では、ネテロの念能力である百式観音の仕組みや、片腕を失った後でも技を発動できた理由について、作中描写をもとに考察します。

ネテロの百式観音はどのような念能力なのか

ネテロの百式観音は、具現化された巨大な観音像によって高速の打撃を繰り出す念能力です。代表的な技として「壱の掌」や「九十九の掌」、そして最終奥義ともいえる「零の掌」があります。

百式観音の特徴は、単純な肉体能力だけではなく、ネテロ自身の祈りや動作、精神的な境地によって発動する点です。ネテロは長年の修行によって、人間離れした速度で合掌する動きを身につけています。

つまり百式観音は腕力だけで成立する技ではなく、ネテロの念能力として完成された特殊な攻撃方法だと考えられます。

片腕を失った後でも零の掌を使えた理由

メルエムとの戦闘中、ネテロは片腕を失った後でも百式観音・零の掌を使用しました。このことから、百式観音の発動条件は「両腕が完全に存在していること」ではないと分かります。

零の掌は、ネテロが最後に放った最大級の技であり、観音像が対象を包み込んで大量の念を叩き込む攻撃です。この技は通常の打撃技とは異なり、ネテロ自身の肉体的な腕による攻撃ではありません。

そのため、片腕を失っていても念能力として発動することは可能だったと考えられます。

では壱の掌や九十九の掌も片腕で使用できるのか

結論から言うと、片腕を失った状態でも百式観音の技自体は使用できる可能性が高いです。ただし、壱の掌や九十九の掌の場合は零の掌とは少し事情が異なります。

百式観音の通常攻撃は、ネテロの合掌から始まります。全盛期のネテロは「感謝の正拳突き」の修行によって、合掌から攻撃までを極限の速度で行っていました。

そのため、両手を合わせる動作が必要な技については、片腕を失った状態では発動速度や威力に大きな影響が出る可能性があります。

百式観音の発動に必要なのは腕ではなくネテロの念能力

作中では、ネテロが片腕を失った直後にも戦闘を継続できたことから、百式観音の本質は肉体の動きではなく、ネテロ自身の念能力と精神力にあると考えられます。

例えば、具現化系や操作系の念能力では、能力者の肉体が直接攻撃に使われないケースもあります。百式観音も同様に、観音像による攻撃が主体となっています。

ただし、ネテロの技は長年の修行によって完成した特殊な能力なので、片腕になった状態で以前と同じ精度や速度を維持できたかは別問題です。

九十九の掌は片腕状態でも可能だったのか

九十九の掌は、百式観音による大量の手を使った連続攻撃であり、ネテロの代表的な技のひとつです。この技も観音像による攻撃であるため、理論上は片腕でも使用できる可能性があります。

しかし、九十九の掌を最大限に活用するには、ネテロ自身の集中力や発動までの動作が重要になります。片腕を失ったことで、以前より発動条件が厳しくなった可能性はあります。

実際には作中で片腕状態のネテロが通常技を使う場面は描かれていないため、明確な答えはありません。ただ、零が使えた以上、能力そのものが完全に封じられるわけではないと考えるのが自然です。

まとめ

ネテロはメルエム戦で片腕を失った後でも百式観音・零の掌を使用できました。このことから、百式観音は両腕がなければ発動できない能力ではありません。

一方で、壱の掌や九十九の掌のような通常攻撃については、合掌というネテロ特有の動作が関係するため、片腕状態では速度や威力に影響が出た可能性があります。

つまり、百式観音は「腕があるから使える技」ではなく「ネテロの念能力と精神力によって成立する技」であり、片腕になっても使用自体は可能。ただし全盛期と同じ性能を発揮できたかは別、と考えるのが最も自然な解釈です。

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