『デジタル時代の妖怪学―不可視のものを可視化する営為』は、渡部瑞希編著、香川雅信、マット・マイヤー、廣田龍平、松本健太郎、武村政春著による妖怪研究の書籍です。笠間書院から2026年に刊行され、昔話や伝承の中だけに妖怪を求めるのではなく、スマートフォン、インターネット、アニメーション、観光、キャラクタービジネスなど、現代社会のメディア環境と妖怪との関係を扱っている点に大きな特徴があります。
そのため、いわゆる「有名な妖怪をたくさん紹介する妖怪図鑑」とは性格がかなり異なります。妖怪を入口として、人間が見えないものをどのように想像し、メディアによって可視化し、恐怖や物語として共有してきたのかを考える本と捉えると内容を理解しやすいでしょう。
妖怪そのものが好きな人はもちろん、民俗学、文化人類学、社会学、メディア論、アニメ研究、インターネット文化などに関心がある人にとっても検討する価値があります。一方、求めているものが怪談集や妖怪図鑑であれば、購入前に内容を確認したほうがよい本でもあります。
『デジタル時代の妖怪学』の基本情報
『デジタル時代の妖怪学―不可視のものを可視化する営為』は笠間書院刊で、ISBNは978-4-305-71068-0です。国立国会図書館の書誌情報では2026年3月刊、226ページ、分類は妖怪・伝説などに関連する388となっています。[参照:国立国会図書館サーチ]
編著者の渡部瑞希を中心に、香川雅信、マット・マイヤー、廣田龍平、松本健太郎、武村政春という異なる領域の執筆者が参加しています。単独の著者が一つの理論を展開する専門書というより、共通する「現代において妖怪をどう捉えるか」というテーマを複数の専門領域から検討する論集としての性格があります。
出版社の紹介でも、文化人類学、社会学、民俗学、デジタル記号論、生物学、アーティストなどの視点から妖怪の存在意義を考察する本として位置付けられています。[参照:笠間書院]
最大の特徴は「妖怪×デジタル社会」という視点
妖怪研究と聞くと、河童、天狗、鬼、一つ目小僧などの伝承を調査したり、江戸時代の妖怪絵を分析したりする研究を想像するかもしれません。本書ではそうした歴史的背景も踏まえながら、現代のデジタル環境へ議論を広げています。
スマートフォンやSNSが普及した現代では、「見えない何か」を画像や動画として共有することが容易になりました。ネット上で怪異の画像が急速に拡散されたり、創作された怪異が多くの人によって語られたりする現象もあります。
つまり妖怪は近代化によって単純に消滅したのではなく、時代ごとのメディアや技術に適応しながら、人間の想像力によって異なる形で可視化され続けていると考えることができます。本書のタイトルにある「不可視のものを可視化する営為」は、この問題意識を理解する重要なキーワードです。
前半では妖怪の「実在」や異界について考える
本書は大きく二部構成になっています。第Ⅰ部「妖怪文化の理論研究」では、「妖怪の実在論」「異界の想像力」「デジタル技術の呪術的機能」「妖怪アニメーション論」というテーマが扱われています。[参照:出版書誌データベース]
なかでも「妖怪の実在論―『目には見えないけれども、いる』の正体を探る」という章題は、本書の方向性をよく表しています。妖怪が物理的に存在するかどうかを証明するというより、人間がなぜ「見えない存在」を感じたり語ったりするのかを研究対象として考えていくわけです。
これは妖怪だけに限った話でもありません。人間は昔から、未知の場所、理解できない現象、説明できない出来事などに物語や意味を与えてきました。そのような想像力が現代のデジタル社会ではどう変化しているのか、というところまで視野を広げられるのが本書の面白さです。
「デジタル技術の呪術的機能」というテーマが興味深い
第3章では「デジタル技術の呪術的機能」が取り上げられています。妖怪とデジタル技術は一見すると正反対の存在です。妖怪は前近代的で、デジタル技術は現代的・科学的なものという印象があるからです。
しかし、利用者から見れば高度なデジタル技術の内部で何が起こっているのか完全には理解できないことがあります。画面を操作すれば遠くの人と瞬時につながり、AIが文章や画像を生成し、ARによって現実の風景に存在しないものまで出現します。
こうした技術と妖怪を同一視する必要はありませんが、「見えない仕組みが現実に作用する」という感覚を手掛かりに両者を考えると、現代社会そのものを違った角度から眺められます。妖怪研究を古い伝承の整理だけで終わらせない、本書らしいテーマの一つといえます。
『ゲゲゲの鬼太郎』が好きな人にも興味深い内容
第Ⅱ部には「『鬼太郎シリーズ』から見る人間と妖怪の関係の変遷」という章があります。長期間にわたって展開されてきた『ゲゲゲの鬼太郎』を題材に、人間と妖怪の描かれ方の変化を考察する内容です。
『鬼太郎』は同じキャラクターを扱いながら、制作された時代によって社会背景や価値観が異なります。そのため各時代の作品を比較すると、人間社会が「異なる存在」をどのように捉えてきたのかを考える材料になります。
単純な作品紹介ではなく、妖怪表象を通して差別や社会的排除などの変化まで読み解く点が特徴です。アニメを娯楽として楽しんできた人が、作品を文化研究の対象として読み直すきっかけにもなるでしょう。
インターネット時代の「怖さ」も研究対象になる
第8章では、現代インターネットにおける視覚的イメージと恐怖が扱われます。これはネット怪談や現代の怪異文化に関心がある人には特に興味深いテーマです。
かつて怪談は口伝や文章を中心に広がりましたが、現在は写真、動画、SNS投稿などを通じて視覚的に共有できます。「見た」という体験を、不特定多数の人が短時間で共有できる環境になったわけです。
例えば正体不明の画像がSNSで共有されれば、それについて多くの人が解釈し、新しい物語が加えられることがあります。こうした現象を考えると、デジタル時代の怪異は単に昔の妖怪がインターネットへ移動したものではなく、メディア環境そのものによって成立の仕方が変化していると理解できます。
妖怪のキャラクター化と観光も取り上げる
第9章では「キャラクター化する妖怪とその現代的役割」が論じられ、境港市の水木しげるロードなどが題材となっています。ここでは「恐ろしい怪異だった妖怪が、なぜ観光資源や親しみやすいキャラクターになるのか」という現代的な問題を考えることができます。
妖怪は本来、人間に災いをもたらしたり、不思議な現象を説明したりする存在として語られてきました。一方、現在では妖怪キャラクターのグッズを買い、像と記念撮影をし、妖怪を目的に観光地を訪れることがあります。
これは妖怪文化が衰退したというより、社会の中で担う役割が変化した例とも考えられます。観光や地域振興、キャラクタービジネスに関心がある読者にとっても、本書が妖怪研究だけに閉じた内容ではないことが分かる部分です。
ウイルスまで「妖怪」という視点から考える
終盤には武村政春による「ウイルスと妖怪、そして鬼―可視化された者たちの行方」という章があります。生物学と妖怪研究という、一見離れている分野を横断するテーマです。
ウイルスは肉眼では見えませんが、顕微鏡画像やCG、模式図などによって私たちは具体的な姿をイメージできます。「直接見ることのできない存在を、何らかの媒体によって見えるものとして理解する」という点では、本書全体の「不可視/可視」という問題意識につながります。
妖怪だけを研究対象として囲い込まず、現代人が見えないものをどのように理解しているのかという大きな問題へ展開している点は、本書の特徴です。
複数分野の研究者が参加していることが強み
本書の魅力の一つは、一人の研究者だけで全編を論じているのではないことです。文化人類学や民俗学だけでなく、デジタル記号論、生物学、妖怪を描くアーティストなど異なる立場の執筆者が参加しています。
そのため同じ「妖怪」というテーマでも、章によってアプローチが変化します。妖怪そのものの概念を考える章もあれば、アニメ、インターネット、観光、ウイルスなど具体的な題材を扱う章もあります。
専門領域を横断する論集は、すべての章が同じ読みやすさとは限りません。一方で、自分がこれまで知らなかった研究分野へ入る入口を複数見つけられるメリットがあります。
妖怪図鑑を期待すると方向性が違う
購入前に最も注意したいのは、本書が「妖怪の種類を知る本」ではないことです。河童はどこに出現するのか、天狗にはどのような種類があるのか、といった情報を多数掲載した妖怪事典を期待すると目的が合いません。
また、怖い話を楽しむための怪談集でもありません。学術的なテーマを一般書として提示した本なので、「妖怪を通して社会やメディアについて考えてみたい」という読者に向いています。
反対に、妖怪図鑑や怪談を何冊か読んだ後、「そもそも妖怪とは何なのか」「現代でも妖怪は生まれるのか」と疑問を持った人には、次の一冊として相性のよいテーマです。
こんな人には特におすすめしやすい
本書の目次と出版社による内容紹介から判断すると、特に相性がよいのは次のような読者です。
- 妖怪・怪異研究に興味がある人
- 民俗学や文化人類学を一般向けの本から学びたい人
- 現代のネット怪談やSNS上の怪異に興味がある人
- 『ゲゲゲの鬼太郎』を文化・社会という視点から読み解いてみたい人
- 妖怪のキャラクター化やコンテンツツーリズムに関心がある人
- デジタル技術と人間の想像力の関係を考えたい人
- 大学などで妖怪・メディア文化について調べるための参考文献を探している人
各章末には参考文献も付されているため、興味を持ったテーマをさらに調べる入口としても利用できます。CiNii Booksでも本書は妖怪および情報と社会に関連する書籍として登録されています。[参照:CiNii Books]
特に大学のレポートや卒業論文などで現代妖怪、怪異、メディア、コンテンツ文化を扱おうとしている場合は、本書そのものだけでなく、章末の参考文献から先行研究をたどれる点にも価値があります。
逆におすすめ度が下がる人
妖怪の絵を眺めたい、全国の妖怪伝承を一覧で知りたい、怖い怪談を読みたいという目的なら、本書より妖怪図鑑、民間伝承集、怪談集などを選んだほうが満足しやすいでしょう。
また、版元ドットコムの書誌情報ではA5判・228ページ、定価3,800円+税とされています。一般的な娯楽読み物より価格は高めなので、興味のある章があるかを目次で確認してから選ぶ方法も合理的です。[参照:版元ドットコム]
「妖怪が好き」という理由だけで万人にすすめられる本ではなく、妖怪を研究対象として一歩踏み込んで考えたいかが購入判断の分かれ目になります。
読むか迷ったら興味のある章を基準に判断する
論集形式の本は、最初から最後まで同じ関心で読む必要はありません。目次を見て、自分が気になるテーマが複数あるかを確認するのがおすすめです。
例えば『ゲゲゲの鬼太郎』が好きなら第6章、ネット怪談やネット文化に関心があるなら第8章、妖怪と観光の関係なら第9章、生物学的な視点まで広げたいなら第10章が入口になります。
そこから序章や理論編へ戻れば、「なぜ妖怪をデジタル時代から考えるのか」という本書全体の問題意識も理解しやすくなります。学術的な本に慣れていない場合にも使いやすい読み方です。
まとめ:現代社会から「妖怪とは何か」を考えたい人におすすめ
『デジタル時代の妖怪学―不可視のものを可視化する営為』は、伝統的な妖怪研究を踏まえながら、スマートフォン、インターネット、アニメ、視覚メディア、観光、キャラクター文化、さらにはウイルスまで視野を広げた学際的な妖怪論です。
特に興味深いのは、妖怪を「昔の人が信じていた不思議な存在」として過去に閉じ込めない点です。人間が見えないものを想像し、何らかの姿を与え、それを他者と共有する営みは、デジタル社会になった現在にも続いているという視点から妖怪を捉え直せます。
妖怪図鑑や怪談集を求める人より、「妖怪を通して現代社会・メディア・人間の想像力を考えてみたい人」におすすめ度の高い一冊です。妖怪研究に初めて触れる場合でも、鬼太郎、インターネット、観光など自分が知っている題材の章から読み始めると入りやすいでしょう。
購入を迷う場合は、まず出版社の詳細な目次を確認し、興味のあるテーマが複数含まれているかを見るのがおすすめです。専門的な妖怪研究へ踏み込みたい人にとっては、各章の参考文献を含め、さらに学びを広げるための足掛かりにもなる書籍です。[参照:笠間書院 書籍情報]


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