スティーブン・R・コヴィー著の「7つの習慣」には、自分の葬儀を想像し、そこに集まった人々がどのような言葉を語るかを考えるという有名なワークがあります。この部分だけを読むと「他人からどう見られるかを気にしろということなのか」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、この考え方の目的は、周囲からの評価を得ることではありません。むしろ、自分自身がどのような人生を送りたいのか、何を大切にして生きたいのかを明確にするための方法として紹介されています。
「7つの習慣」の葬儀を想像するワークとは何か
「7つの習慣」の第2の習慣は「終わりを思い描くことから始める」という内容です。これは人生の最後の場面を想像することで、現在の行動や選択を考え直すという考え方です。
ここでいう葬儀とは、単に「死後に周囲から褒められる人になりましょう」という意味ではありません。自分が人生を終える時に、「どんな人間だったと言われたいか」を考えることで、自分自身の価値観を発見するためのものです。
例えば「家族からどんな人だったと言われたいか」「仕事仲間からどんな存在だったと思われたいか」と考えることで、自分が本当に大切にしたい役割や信念が見えてきます。
他人の評価を気にする考え方とは違う
一見すると「参列者からどんな弔辞を述べられるかを考える」という表現は、他人の評価を重視しているようにも見えます。しかし、7つの習慣が伝えたいことは、他人に気に入られる人生を送ることではありません。
重要なのは「自分が望む人生を明確にするために、他者の視点を借りる」という点です。自分では気づきにくい本当の願いや理想像を、第三者の視点から確認するための手段なのです。
例えば「家族に優しい父親として覚えられたい」と思った場合、その目的は家族から評価されるためではなく、自分自身が家族を大切にする人生を送りたいという価値観を確認することになります。
「自分らしく生きる」と「周囲への影響」は両立する
「自分がどうしたいか」と「周囲からどう見られるか」は、必ずしも対立するものではありません。人は社会の中で生きるため、周囲との関係性を完全に無視することはできません。
7つの習慣では、自分の内側にある価値観を中心にしながら、その価値観が周囲との関係の中でどのように表れるかを考えます。
例えば、本人が「誠実な人間でありたい」と考えている場合、その結果として周囲から「信頼できる人だった」と評価されることがあります。これは他人の評価を追いかけた結果ではなく、自分の価値観に沿って行動した結果です。
なぜ葬儀という場面を使うのか
葬儀という人生の終着点を想像する理由は、普段の生活では目の前の仕事や欲しい物、短期的な成功に意識が向きやすいからです。
人生最後の場面から逆算すると、「本当に大切にしたいものは何か」「何に時間を使うべきか」という問いに向き合いやすくなります。
例えば、仕事で成功したいという目標があったとしても、最後に「仕事だけの人生だった」と振り返りたいのか、「仕事を通じて人の役に立った」と感じたいのかでは、日々の選択は大きく変わります。
「終わりを思い描くことから始める」の実践方法
この習慣を実践する場合は、実際に文章を書いてみる方法があります。「自分の葬儀で家族、友人、仕事仲間はどんな言葉を話しているだろうか」と想像してみます。
その時に大切なのは、立派な人物に見られることを考えることではなく、「自分がそうありたい」と思う姿を考えることです。
もし「もっと家族との時間を大切にしたかった」と感じるなら、現在の生活で何を変えるべきかが見えてきます。未来の理想像から現在の行動を決めることが、この習慣の目的です。
まとめ|7つの習慣は他人の目ではなく自分の価値観を見つけるための考え方
「7つの習慣」の葬儀を想像するワークは、他人から評価される人生を目指すためのものではありません。
本当の目的は、自分がどんな人間でありたいのか、何を大切にして生きたいのかを明確にすることです。そのために、あえて他者の視点から自分の人生を見直します。
自分の価値観を軸にして行動した結果、周囲から良い評価を受けることはあります。しかし、それは目的ではなく、自分らしい人生を歩んだ結果として生まれるものだと言えます。


コメント