道尾秀介『いけない』における「騙される感覚」について解説

道尾秀介の小説『いけない』は、ミステリーとしての要素と心理的な深みを兼ね備えた作品です。しかし、「騙された」と感じられる部分がうまく掴めないと、物語の本質に迫ることが難しいかもしれません。この記事では、作品の「騙される感覚」に関する具体的な仕掛けについて解説していきます。

物語の構成と読者を引き込む手法

『いけない』の物語は、一見シンプルな家庭内の問題を描いているように見えますが、その背後には複雑な心理劇が隠れています。物語の初めでは、登場人物たちの心情や関係性が少しずつ明かされていきます。読者はその進行に従いながら、次第に「騙された」と感じる場面が訪れることになります。

例えば、物語の途中で登場人物が自分の過去を語るシーンがありますが、これが非常に巧妙に書かれており、後の展開でその語られた内容が反転する場面に驚かされるのです。この時点で読者は物語の本当の意図に気づき始め、物語が大きく変わっていく予感を抱くことになります。

『いけない』では、視点が重要な役割を果たしています。物語は一部のキャラクターの視点を中心に進行し、その人物の主観が読者に伝わるように作られています。しかし、最終的にその視点が崩れる瞬間があり、この時に「騙された」と感じる要素が生まれます。

特に、物語のクライマックスでは、読者が信じていた事実が実は大きな誤解であったことが明かされます。この瞬間、物語の裏側に隠されていた真実が顕わになり、読者はその驚愕の展開に圧倒されます。このような手法が、「騙された」という感覚を引き起こすのです。

道尾秀介が使う手法の一つに、読者が予測する展開を裏切る方法があります。登場人物たちの言動やストーリーの進行が予想通りであれば、物語に対する興奮は少なくなります。しかし、『いけない』では、この予測を裏切る展開が読者の心に大きな影響を与えます。

例えば、物語中盤でのある事件が、その後の伏線として巧妙に作用します。読者はその事件に関するヒントを得ているものの、最終的にそれがどう結びつくのかを完全には理解していません。結末でその全てが明かされる時、読者はその背後にあった計算を理解し、再度「騙された」と感じることになるのです。

物語を通じて「騙された」と感じる瞬間は、登場人物の心理が予想外の方向に転換する場面にあります。最も印象的なシーンの一つは、物語の後半で登場人物が突如として示す行動の変化です。この変化は、読者が予想していた性格や動機とは全く異なるものであり、まさに「騙される」瞬間を体験させてくれます。

また、この作品では読者が物語の展開を自分の解釈に基づいて進めていくことが重要です。そのため、最初に与えられた情報を信じきるのではなく、疑いを持ちつつ物語に取り組むことで、後の「騙された」感覚をより深く味わうことができます。

道尾秀介の『いけない』における「騙された」という感覚は、巧妙な視点の操作と予測を裏切る展開によって作り出されます。物語を読み進める中で、その仕掛けに気づき、最終的な衝撃的な真実に至ることで、読者は満足感を得ることができるのです。このような手法が、道尾秀介の作品における独自の魅力となっています。